スポメニック旧ユーゴスラヴィアの巨大建造物_社会主義という世俗宗教の祭壇_物体は解釈が変わっても残る

巨大な機能性な建築物に興味を惹かれる

スポメニック-旧ユーゴスラヴィアの巨大建造物/ドナルド・ニービル

私は大学のころ建築を勉強していた。建築の仕事に就かなかったが、いまだに建築物・概念には興味がある。その中でも巨大な宗教建築オブジェには興味がある。それは、ただ大きいだけでも人間を圧倒する何かがあるし、それがつくられた背景には大きなお金と人力がかかっている。それはある時代の政治的背景や、宗教によるイデオロギーや定義付けによってつくられたことになる。東南アジアを旅した時に仏像や、宗教建築の巨大さに圧倒された記憶がある。そして東大寺奈良の大仏や、東京タワースカイツリーのようなものも、同じような効果があるのだろうと思う。この本は旧ユーゴスラヴィアの記念碑をまとめたものである。この記念碑は時間が経って、意味を失いインスタ映えのスポットになったりしている。実際、東大寺の奈良の大仏を観光で見に行く人が、その造られた背景や思想を理解しているとは到底思えない。皆スタンプラリーのように、そこに訪れて写真をとり、インスタにアップして帰る。それだけである。ただ、その巨大な構造物は過去の思想や概念を紐解く装置としては機能しつづける。そして、その意味性を無視した形で、現代のSNSインフラによって「映え」のスポットとして別の形で機能する現象が皮肉的でもあり、興味深いなと思う。

建築的な物の大きさやスケールは動画がわかりやすい

本のイントロダクションを引用

 オーストリアの作家、ロベルト・ムージルは、「世界に記念碑ほど目に入らないものはない」という名文句を述べた際、例外を付け加えた。「景色を完全に隠してしまう巨大な記念塔や、ドイツ中に点在するビスマルク記念碑のようなシリーズ作品を除いては」と。

 本書で紹介するモニュメントは巨大で至る所にあるからというだけでなく、統一への努力というイデオロギーが圧倒的なため、目に飛び込んでくるとも言える。このイデオロギーが本書のモニュメント群を生み出したのだ。これらのモニュメントは、国民共通の哲学を強力に訴えるシンボルたらんとした。しかし、最初は背景事情でシンボリックな意ではない。大きな文化的・政治的変化があれば、統一のオブジェは分裂のオブジェへと変質し得る。しかし、社会がモニュメントやそれが記憶しようとする歴史にどれほど手のひらを返そうとも、モニュメントは自らの価値や姿勢や信念について多くを語り続ける。

 本書は、旧ユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国時代から残る、ユニークで議論の多い遺産であるモニュメントの由来や、それらを巡る新しい出来事、そして廃墟と化した大いなる記念碑が遺したものを語っていく。

 これら、感情を揺さぶるモニュメントはスポメニック(spomenik)と呼ばれる。spomenikはセルビア・クロアチア語で「記念碑」を意味する単語で、「記憶」を意味する語幹、spomen-から派生した。スポメニックは「ヨーロッパ」や「世界」の建築物・彫像・塑像調査対象から外されるのが常である。最近、スポメニックの画像がインターネット上で急増しているのは事実だが、多くの場合、起源の情報は乏しく、あったとしても混乱して誤解を招くもだったりする。

 スポメニックが生まれたのは第2次世界大戦(ユーゴスラヴィアでは人民解放戦争と呼ばれる)の時代、ユーゴスラヴィア王国にドイツ・イタリア・ブルガリア・ハンガリー枢軸国軍が侵攻してきた時である。この戦争中、国内に反ファシスト共産主義パルチザンレジスタンス軍が生まれた。率いたのは、カリスマ的人物ヨシップ・ブロズ・ティトーである。レジスタンス軍は、枢軸国占領軍とその国内協力者を倒そうと、人民の蜂起を先導した。連合軍から多少の支援を受けはしたが、最終的に地域の解放に成功したことを考えると、彼らの功績と参加者の勇気は大いに評価されるべきである。

 第2次世界大戦後、ティトーの運動が勝利を収め、多民族国家、ユーゴスラヴィア連邦人民共和国(現在のユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国)を生み出した。産声を上げたばかりのユーゴスラヴィアは、現在のボスニア・ヘルツェゴヴィナクロアチアコソヴォ北マケドニアモンテネグロセルビアスロヴェニアといった国々にまたがる。多くの民族と宗教、それに多様な政治・社会集団から成る国家だった。構成派閥の多くは戦争中相争い、他派閥に暴虐行為を働いていたものもあった。こういった敵対する集団を1つにまとめるには、政治指導層が、「革命を語る言葉」となるにふさわしい国家の物語を作り出すことが不可欠だった。国家の物語は、個人と社会に全体として建設的関係を作るだけでなく、ユーゴスラヴィアの理想のうち最も大切な、「同胞愛と統一」の基礎構築を助けることになる。公式の集合記憶を定め、伝承するには様々な方法が用いられたが、ユーゴスラヴィア共産党が採用した、最も遡及力があって永続的な方法の1つが、国中に記念碑と記念空間の一大ネットワークを作り上げることだったの
である。

 この新しい「社会主義という世俗宗教の祭壇」は種類とデザインが幅広いが、1960年代以降の「記憶一定化」政策を明示することになる基本スタイルは、非常に抽象的な社会主義モダニズムが多かった。スポメニックの最も興味をそそる点はここかもしれない。

(以下本文続く)

書籍イントロダクションより

著者のドナルド・ニービルのスポメニックデータベース

Spomenik Datebase

Jan Kapenaersのサイト

ヤン・ケンペナーズ(BE、1968年)はアントワープに住み、働いています。彼はヘント王立美術アカデミーとマーストリヒトのヤン・ヴァン・エイク・アカデミーで学んだ。

80年代半ばから、ケンペナーズは都市と自然の風景、建築、モニュメントを撮影してきました。彼の最新の本Belgian Colonial Monuments 2は、Roma Publicationsから出版されています。

https://www.jankempenaers.info/about/

このユーゴスラビアの建築というwikiでいろんなユーゴスラビアの建築みれる。

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世界奇怪遺産 / 佐藤健寿:世界のとんでもない面白遺産の写真集
OVERSIZE-びっくりサイズのおもしろアート-ヴィクショナリー:大きいサイズのパブリックアートのみにフォーカスした本。超好き。
世界宗教建築事典/中川武:世界の宗教建築の歴史や建築様式、専門書。
Contemporary-Architecture-12―宗教-RELIGIOUS/現代建築シリーズ:宗教建築
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